会 報 TUWVOB会  No.33  2002.12.23
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ヒマラヤトレッキング
3期 後藤龍男

  この10月に3期の松木、佐藤君、4期の及川君の還暦組4人で40年来の念願であったヒマラヤトレッキングに出掛けました。ルクラからナムチェ・バザールを経てタンボチェまでのご存じエベレスト街道です。本当はエベレストのベースキャンプ地で有名なカラパタールまで行きたかったのですが、さらに往復1週間必要で、現役会社役員の及川君がどうしても休みが取れず、次回の目標になりました。標高4000mのタンボチェから振り仰ぐエベレストの頂上、雪煙のローツェ、秀峰アマダブラムなど、写真で何度も見ていましたが、実物は期待に違わず実に素晴らしい景観でした。

天候が最も安定するポスト・モンスーン期で、毎日快晴、日中は半袖で歩けるほど暖かでした。エベレスト街道を含めトレッキングトレイルはよく整備されていて、歩きやすく急峻なところはほとんどありません。登り下り自体は日本の山よりずっと楽です。それより高所の影響の方が辛いというのが4人の共通した感想です。最高地点が4050m止まりでしたが、4人とも頭痛、下痢、食欲減退など何らかの高山病の初期症状が出ました。ナムチェ・バザールより上では何をするにも息がきれて、ひたすらビスタリ、ビスタリです。ビスタリとはシェルパ語で“ゆっくり”です。腰を屈めて靴ひもを結んだり、花の写真を撮ったりすると頭がくらくらします。富士山とそう違わない高度ですが、富士山はすぐ下山してしまうので影響を実感できません。タンボチェの先、もう500mも登ったら軽度の高山病は避けられなかったでしょう。高度順応の意義を実感しました。

我々4人の他、シェルパ族のサーダー、コック、ポーターが計7人、荷物運びのゾッキョ4頭の大パーティです。ゾッキョは牛とヤクを交配したシェルパ族の家畜です。行動中、自分で持つ荷物はカメラと水筒と雨具ぐらいで、後は全部彼らが運んでくれます。朝シュラフの中で目を覚ますと、ポーターがテントにモーニングティーを運んでくれます。景色を見ながら飲んでいると洗面用のお湯(シェルパ語でパドパニ)が用意されます。朝食の準備が出来るとコックが呼びに来ます。食事用テントで朝食をとり、トイレ用テントでキジ撃ちを済ませると、サーダーの先導で出発です。ポーター達は我々の装備、テント、食料、炊事用具一切合切をすべてゾッキョに積んで後から追いかけてきます。我々を追い越して先回りし、見晴らしのいい場所にシーツを広げ、ティーやランチを用意しておいてくれます。エベレストやローツェの絶景を見ながらのんびりティータイム。山を見ながら歩く以外、我々は何をする必要もありません。天国です。

 こういう大名旅行的トレッキングシステムはヒラリーなどイギリス貴族が作ったものですが、今では金持ち日本人が一番の上客のようです。トレッカーの大部分を占めるヨーロッパ系白人はロッジ泊まりの少人数パーティがほとんどです。ルクラから上にロッジは沢山ありますが、汚いし、蚤と南京虫に悩まされるというので今回はテントにしました。40年ぶりのテント山行は実に快適でした。それほど金がかかるわけではないので、初めて行かれる方にはこちらをお奨めします。

 それにしても日本人は少ないですね。感覚的に1割程度。テロ騒ぎで激減したそうです。それも我々のような年寄りばかり。多数派のヨーロッパの連中は老若男女、子供や赤ん坊まで連れたパーティがいました。実に行動的で冒険心旺盛。それに引き替え日本の若い連中は何やっているのか。ほとんど見かけません。茶髪で新宿、渋谷あたりをうろつくしか能がない。どうも我々日本人は子供の育て方を間違えたようです。

白山追悼登山と墓参り・・・北条真人君を偲んで 平成14年7月5〜7日
8期 水上 俊彦
 白山は北条が日頃から日本のモンブランとして自慢し、こよなく愛していた故郷の山である。3年の夏合宿は白山だと孤軍奮闘主張していた姿を今でも思い出す。

 昨年11月末に北条が住職をしていた満願寺から、本人が4月5日に還浄との葉書を貰い、あまりに急な話に信じたくない気持ちと同時に、我々同期が誰も半年間も知らずにいたことの悔やみの気持でいっぱいになった。思い出すに10年位前のある日の夜9時過ぎ、例の声で「今戸塚で飲んでいるので来ないか」との電話をもらった。まさかこれが彼との今生の別れになるとは。

 別当出合で久しぶりの再会を喜び合う。日差しの強い中、日陰で腹ごしらえをした後、12時10分に出発するが、元気のない顔をしていた守護のペースが落ちてくる。食中りにあい前日から食事ができない状態とのこと。そんな状態でも参加してくれたのは本当に嬉しい。

 別山の展望が開け高山の感じが出てきた甚之助ヒュッテには、コースタイム通りの2時間半で到着する。南竜ヶ場までのトラバース道は展望もよく、高山植物の豊富な気持ちの良い道である。可憐なハクサンフウロ等の高山植物に出会うと立ち止まってカメラを向ける時間が長くなり、ペースはぐっと落ちる。先も僅かだと思うと、ここで過ごす時間を大事にしたくなる。途中スケッチをする人も現れ、ハクサンコザクラの群落にも巡り合うことがでた。南竜山荘では、前日に岐阜側の大白川温泉から入った三日月が、「遅かったね」という顔で我々を迎えた。ここは草原に囲まれた素晴らしい雰囲気の中 にある山小屋で、夏山シーズンの混雑もなく、ゆったりできた。

 翌朝は朝鮮半島から日本海に向かっている台風5号の影響で、残念ながらガス。7時10分に山荘を出発し、エコーラインコースを登る。雪が解けて間もないため、お花畑で有名なこのコースもまだこれからという感じ。時々、雪渓が現れるコースを登り続けると、立山より規模は小さいが、弥陀ヶ原に出て緩やかな登りとなる。白山本峰は依然ガスの中。

 室堂にコースタイム通りの8時40分に着く。ここに荷物を置き軽装で白山の最高峰の御前峰(標高2702m)に向かう。ガスはむしろ濃くなっており、展望は期待できない。途中クロユリの群落に感激し、シャッターを押す。北条が白山の自慢をする時によくクロユリの群落の話をしていたのを思い出す。その他にもいろいろ高山植物は咲いていた。その都度、女性殿に聞くが、ミヤマキンバイ、シナノキンバイ等昔覚えた名前以外は聞いてもすぐ忘れてしまう自分が情けなくなる。

 頂上は台風の影響で風が強すぎるので、直下の白山神社奥宮でしばし休憩をとる。下りは、池めぐりをして室堂に戻る予定であったが、何しろこの天候である。拓哉夫婦だけが池めぐりにこだわっていたが、小笠原の脅しもあり、引き返すことにした。下山は展望が良いはずの観光新道を辿り、途中強風の吹きさらしで苦労しながら、別当出会へ15時5分に着く。

白峰温泉「山和荘」では幸英がビールを飲みながら待っていた。温泉で山の汗を流し、やり遂げた満足感とともに乾杯する。

 のどかな田園風景の中を走り、10時半頃鯖江市の満願寺に着く。お母さんの説明では、北条は昨年4月にロータリークラブの宴会の後早めに退席し床に就き、翌朝何時までも起きて来ないので不審に思い、起こしにいったら既に事切れていたそうである。お母さんの話では、肥り過ぎにもかかわらず、酒をよく飲み、インターネットの碁に熱中になっていたようである。お墓には白山頂上から大事に持ってきた石を供え、一昨日、南竜山荘で皆と飲んだ酒をお墓にかけ、「こんなに墓参りが遅くなってすまん。でも、ちゃんと君の大好きな故郷の山、白山に登ってきたからね」と語りかけ、改めて皆で北条の冥福を祈った。

参加者:
拓哉とオギャー、相原夫婦、小笠原、守護、根岸、三日月、中里(娘さんと友達)、幸英、水上

5回目の30周年記念山行 那須朝日岳、三斗小屋温泉(8、9期合同)
2002年8月31日(土)、9月1日(日)           9期 片野雅至

参加者:8期12名 根岸、三日月、水上、相原夫妻、前田夫妻、佐藤夫妻と娘、濱&娘さん
     9期 7名 伊藤夫妻、富川夫妻と娘さん、片野夫妻 

コース:1日目:那須塩原駅11:55=峠の茶屋登山口−峠の茶屋−三斗小屋温泉(露天風呂) 
      2日目:小屋7:30−熊見曽根−朝日岳(往復)−清水平(昼食)−三本槍(往復) 
        ―16:05北温泉=休暇村那須(温泉)17:55現地解散

 30周年を境に再び山の魅力(温泉の魅力? 仲間で集う魅力?)に取り付かれた仲間が今年も集まった。総勢19名。今年の一番の特徴は、参加者の構成か? なんと夫婦が6組、その娘さんが2名、父娘が1組。即ち単身の参加は3名のみであった。

 私も今回始めて妻を連れての参加であったが、連れて行って良かったと思っている。実はTUWVは私だけの世界と思っていた。しかし参加予定の名簿を見て、ハッとした。よくよく考えてみたら一度も妻を誘っていなかった。「行くか?」と聞いたら、「行ってもいいの?」「もちろん」(楽しい話しは前々からしていたので、行きたかったのだろうな)。結婚して20数年にもなるのに、案外気づかないことあるんだな、と感じた。そんな訳で皆さん、奥さんにも声をかけてください。

 今回は好天に恵まれ全体に快調に進んだが、最後の北温泉への下りはきつかった。普段のトレーニング不足もあるが、思ったより悪路で歩きにくく、初参加の家族の皆さんには特に厳しかったと思う。

 さて、ここからは山行記録。新幹線那須塩原駅に集合。ロープウエィ山麓駅への道路は、かなりの渋滞。昼食用の駅弁を食べるため横道にそれた。ロープウエィ奥の終点駐車場に何とかスペースを見つけ駐車。いざ登山開始。茶臼岳北側の巻道を登る。エゾリンドウが風に揺れていた。峠の非難小屋、延命水をとおり三斗小屋温泉着。煙草屋旅館の露天風呂は快適だったが、夕食はかなりお粗末だった。一昔前の山小屋の食事。

いつも盛り上がるのが大部屋での歓談。楽しかった。翌日に備えシブシブ布団の中へ。翌日も晴天。露天風呂で目を覚ました。小屋から熊見曽根の尾根を登る。分岐から朝日岳をピストン。強風で飛ばされそうな中のピストンであった。清水平で1時間の大休止昼食。おにぎり弁当は質素だが、皆が持ち寄った食料が次々と回ってくる。漬物、スープ、果物、菓子・・・ラーメンとコーヒーは定番。三本槍岳ピストン。

 この後で隊は二手に分かれた。目的は下山後の時間短縮。運転手組4名は、朝日経由で駐車場へ、車を北温泉へ回す。本隊は、中の大倉尾根経由北温泉へ。この尾根の下山路は思いのほか悪路 赤土が削られ深い溝が多かった。北温泉から車で国民休暇村へ。温泉につかりホットした。

日高山脈 戸蔦別川・暑寒別岳(21、22期合同)
22期 西川 雅明
2002年8月8日(木)、8月11日(日)  
PL 冨士原康浩、SL 千田敏之、石川勤、手塚和彦、西川雅明
8月8日:帯広空港9:30=(車)=日高山脈センター10:30〜11:00=(車)=戸蔦別ヒュッテ13:10  
8月11日:南暑寒荘6:00−白糸の滝6:20〜6:25−雨竜沼内展望台7:15〜7:30−雨竜沼上展望台8:05〜8:15−暑寒別岳9:25〜9:40−暑寒別手前ピーク10:45〜10:55−暑寒別岳11:35〜12:10−最低コル13:00〜13:10−南暑寒別岳13:45〜14:00−雨竜沼15:15〜15:40― 南暑寒荘16:45

 増水のため入山できず。8月8日〜11日(戸蔦別川〜幌尻)を諦める。戸蔦別ヒュッテに一泊したのみ。山は歩かず。


 日高入山不能による代替山行として暑寒別岳に登る。前日、南暑寒荘に宿泊(500円/人)。南暑寒別岳までは全員、暑寒別までは石川、手塚、西川の3人が登る。雲は多いがなんとか晴れる。雨竜沼で気持ちのよい時間を過ごす。
TUWV26期OB山行報告(9/27〜9/29 甲斐駒)
26期 佐藤 雅浩

我々第26期も大学を卒業していつのまにか15年を過ぎてしまった。年に1度のOB山行は皆忙しい予定をやりくりして参加するためけっこう出席率が良い。

今回は、「南アルプススーパー林道で広河原から村営バスで北沢峠に入り、仙水小屋で酒を食らって一泊、翌日甲斐駒に登り麓の桃の木温泉で(仕事等で山に登れなかった人と合流し)また宴会」という年相応のイージーな山行計画に落ち着いた。

 まだ時折山へ行っていたり日頃体を鍛えている人はともかく、私のような人間には「下界を離れ旧交を暖める」というOB山行本来の目的に合致していると思える日程である。また、今回初めてジュニア(平田の2人の息子)が参加し、そういう意味でも「記念すべきOB山行」となった。

 さて、OB山行の日程が決まったところで個人的な問題が出てきた。「休暇が取れそうにない」のである。私の勤める会社は決して休みの多い会社ではないが、「勤続15年記念1ケ月休暇」という制度があり、元々その休暇中に参加を考えていた。それが直前になって仕事の都合で休みをずらすこととなってしまったのである。

 期末時期に加え突発的事象で自分の課がとてつもなく忙しい時に(しかも翌月から1ケ月休みを取る予定の)「課長が休みを取って大学時代のサークルのOB会」という訳にもいかず、休みを取らずに強硬突破することとした。つまり、本来バスを使える広河原→北沢峠間を日の出前に約4時間歩き、その後小屋まで登山道を登って日の出の時間に仙水小屋で合流するというものである。

 直前の天気予報ではあまり天候に恵まれそうもないことは分かっており、日程の変更も話題になったが、皆仕事と家庭を持ちリスケジュールも困難ということで結局当初予定通りで行くこととなった。

 27日は6時過ぎに無理矢理仕事を終了、部下共に「俺は帰る!週末土砂降りだったら月曜出社しないかも...」という顰蹙を買うセリフを残し退社。家に帰り早速天気予報を見ると案の定雨模様が続く予報である。そうなると1人別行動を選択したリスクが急に全面に出てくる。一睡もせずに山小屋にたどり着いても「悪天候のため登らない」ではただのバカである。貧すれば鈍す!溺れる者が藁にすがる思いで参加者の携帯電話に片端から掛けてみるが、やはり圏外である。元々「自己責任で朝6時までには山小屋へ行く」と言ったのは私である。こうなったらいまさらあがいても仕方ないと覚悟を決め、夕食を食べてすぐに出発した。

 9時少し前に西荻窪の社宅を出発。広河原まで車で2時間強としても、行動前に若干仮眠を取れる余裕のある出発時間の筈である。私の車にカーナビは付いておらず、山梨県の道路地図も持っていなかったが、かつて5年以上仕事で山梨を担当していたこともあり「車で道に迷う」とはこの時点で露ほども思っていない能天気な自分であった。

 自信が過信であったと遅れ馳せながら気づいたのはそれから約1時間半後、こともあろうに甲州街道からの曲がり角を間違え小一時間無駄にすることとなった。それでもなんとか南アルプス林道の入り口を探し出し、土砂降りの真っ暗な道を時に路肩にヒヤヒヤしながら進み、「日付変更線」を越えた0時半ようやく広河原にたどり着いた。

 甲府のコンビニで買ったつまみで寝酒のビールを車中で1本。少しでも仮眠しようと思ったがなかなか寝つけない。結局、一睡もせぬまま1時過ぎに「酒気帯び」で出発することとした。

 紅葉のシーズンであり、広河原の駐車場には結構車が停まっていたが、翌朝にはバスが出る雨の林道を深夜1時に歩き出す酔狂な奴はさすがに自分だけの様である。大樺沢出合付近の車止めを恨めしげに見ながら雨の林道を歩きはじめる。

 時折雨が強くなったり時にほぼ止んだりといった塩梅で、土砂降りという程ではない。月が出ている筈もなく真っ暗ではあるものの、そこは「南アルプス林道」立派な舗装道で懐電行動でも迷う心配はない。結構寒く体調を崩さぬよう気を使ったが、ある意味「気楽な」スタートである。正確には、そうとでも無理矢理思わねばこの林道4時間はやってられない。「要は気合」と自分に言い聞かせ、遥か昔高校の時の懐電行動等を懐かしげに思い出しながらひたすら林道を登っていった。

 コンタ差500m強の景色も見えない単調なダラダラとした登りが続く。路肩が崩れ工事中の所が多く、道端には結構パワーショベル等の重機が停まっていたりする。考えてみれば約25年前高校1年の夏合宿で南ア南部を縦走した際、林道開発の痛々しさを遠望し、「あの林道だけは決して使うまい」と心に誓ったことを思い出した。人間とはまことにいい加減な生き物である。

 そうこうするうちに北沢峠に到着。仙水小屋方面への登山道入り口は暗闇では分かりずらく沢沿いの登山道を外さぬようやや気を使いながら慎重に登っていったが、それでも登山道に入って小一時間、日の出前の5時過ぎには仙水小屋に着くことが出来た。

 当日の行動を考えれば当然朝は早い筈だが、予想に反し小屋の電気は消え静まり返っている。しかたないので軒下で30分程雨宿りしていると、小屋の人が出て来てようやく同期の面々が泊まっている棟を知ることができた。

 公約である6時の少し前に皆の泊まっている部屋へ行くと、皆寝ている。次の瞬間「やあ雅浩ご苦労さん!この雨で登る訳ないだろ!?朝一番のバスで帰るぞ!それとも1人で登るか?」の平田の声と同期の面々の大爆笑。ある程度覚悟していた事態ではあるが、最悪である。さすがに現役時代主将を務めた平田だけあって何とも気配りのきいた暖かい言葉と感心しつつ、瞬時にやる気を無くし、5分後には朝からやけ酒のウイスキーを飲んでいる自分をそこに見出すことができた次第である。

 その後といえば、30分程濡れた体を乾かしつつ酒で体を温めた後すぐ下山、桃の木温泉で宴会をして帰って来た。要は「OB山行報告」と言えた代物ではない。

 小屋からの下りは登りとはうって変わって日が昇って明るくなり、かつ下りなのであっという間に北沢峠まで到着、朝一番の村営バスに乗る。伊田・森をはじめとする同期の面々からの「行きは暗くて景色全く見えなかっただろう。折角だから景色を良く焼き付けておけよ」など心に染み入る有り難い揶揄に感謝しつつ、バスの中でいつしか寝ていた私であった...。

 村営バスを降りた後は、各自の車に分乗→取り敢えず近くの温泉(外湯)に入り→甲府まで一旦出て甲府名物の「ほうとう」を食べ→酒屋でしこたま酒を買い込み→桃の木温泉まで戻るという刹那的快楽追求型の行動を取ることに全会一致で決定。桃の木温泉では昼から麻雀、夜は何とカラオケ付きの宴会である...。

 悪天候により山には登らなかったものの、年1度山で集まり親交を深めるというOB山行の趣旨からすれば、ゆったりとした時間の中で充分に近況等を交換し本来の目的を果たした今回であった。

 なお、有志による甲斐駒リベンジ山行がその後企画されたがまたも悪天候で中止となり冬を迎えることとなった。個人的には甲斐駒ケ岳は未登頂であり近いうちに是非登りたいと思っている。

いかがお過ごしですか?

5期(昭和41年卒)の藤田凱己です。 

定年1年前に三洋電機を退社、香港会社に勤務しております。社名は【Protech Perennial Ltd.】です。初めの1年は香港勤務でしたが、現在は深センに勤務し週末香港へ戻る生活です。新しく深セン事務所を作りそこの代表として登録してあるのでしばらくは働けそうです。香港と中国の両方の working visaを持ち、両方へ税金を納めることになる。

香港と深センの二重生活は思ったより大変である事が分かりました。当然ですが両方のアパートと共に一人であり、衣類、食料の準備等かなり面倒。深センでは北京語(普通語)と広東語の世界であり、英語は通じません。外で食事する時は一人ですから日本食、飲みに行く時も日本人相手の所と現地に馴染んでいません。深センは外から来た人が多いので治安が悪いため、夜の一人歩きなどせず、すぐタクシーへ乗るようにするなど注意しています。体調は血圧が高いと思われ顔がすこし赤らみ、熱い感じがするので、酒、タバコを止めようと思っているが止められない。その他は問題無いようです。


8期(昭和44年卒)の佐藤拓哉・良子です。 

二人でフリークライミングを始めて2年半になり、毎週のように横須賀の鷹取山、湯河原の幕岩、伊豆の城が崎などの岩場に通っています。今年からアイスクライミングも始めました。ハイライトは1月〜3月:アイスクライミング(八ヶ岳ジョーゴ沢ナイアガラの滝、裏同心ルンゼ、南沢大滝、

湯川の氷柱、南ア戸台川・舞姫の滝、尾白川・ベータルンゼ、霧積温泉の滝(群馬))  
5月:谷川岳一の倉沢烏帽子沢奥壁(凹状岩壁ルート(リード)、南稜フランケルート)  
8月:北穂高岳滝谷ドーム(中央稜ルート、北壁右ルート)滝谷は落石が多く、アプローチが恐い。  
9月:錫杖岳前衛フェース(注文の多い料理店ルート、左方カンテルート(リード))

クライミングの様子は鷹取クライミングスクール仲間のホームページの「タック&オギャーのページ」に載せてもらっています(http://home10.highway.ne.jp/takatori/)。今年の正月も赤岳鉱泉をベースにアイスクライミングの予定です。来年は北岳バットレスを登りたいなと思っています。


10期(昭和46年卒)の菅原英行です。

卒業30周年記念のシルクロード旅行から早1年以上がたちました。山行は、年に数回程度で、今年は、会社の山仲間と加賀白山、栗駒山、越後駒ケ岳に足を運びました。温泉付きが絶対条件の山行となってしまいました。ノンビリと山麓の出湯につかるのも最高ですね。


19期(昭和55年卒)の石川重年です。

今年1年を振り返ってみて、あわただしい1年でした。会社(富士通)の方は、5月まで千葉の幕張勤務でしたが、その後3ヶ月程、研修を受けまして、現在は、川崎工場の方に勤務して、がんばっております。今は、不況でどこも大変ですが、少し落着いてきたら、趣味等の余暇の時間を見つけていきたいと思っています。


20期(昭和56年卒)の佐々木晃です。

おととしニッカウヰスキーを退社し、昨年の秋、茨城県真壁町で有機農業による野菜栽培・会員直販の「ささき農園」を開業しました。全くの畑違いの生活(仙台出身・文学部・ニッカではずっと酒を売っていた)ですが、サラリーマン時代と違って毎日がアウトドアライフのワンゲル気分・・・と言うのはやせ我慢、日中は農作業、夜は事務(?)仕事と一年中朝から晩まで忙しくしています。

開業当初から20期前後の仲間たちには応援してもらって来ました。今年の新年会に参加したところ、新たに何人もの先輩・後輩に会員になっていただいたり、知人を紹介していただいたりして、とても感謝しています。10・11月と続けて就農希望者向け体験談の依頼があり、その報酬(1回2万円くらい)の良いのに驚きました。汗を流して百姓をするより「新規就農評論家」をやった方がよっぽど儲かりますね。傍目には気楽に見えるこの業界ですが、それなりに競争もあります。3年目になる来年中には何とか黒字にしたいと思っているのですが・・・。


22期(昭和58年卒)の利根川敏です。

8月から仙台に転勤となり現在上杉に住んでいます。今年4月に新しく誕生したNECトーキンの技術開発本部に勤めています。家族は来年4月に仙台に集まる予定で、当分は単身生活が続きます。

TUWVの飲み会で開拓した飲み屋さんは跡形も無くなりましたが、定禅寺通りのけやき並木や片平の大学本部など、学生時代の様々な思い出にしみじみとひたる毎日を過ごしています。

今年は(癒し系の)田中耕一さんのノーベル賞受賞で東北大学関係者は大フィーバーだったのですが、私自身も田中さんと電気系の同窓生ということもあり、思いがけない出来事がありました。

たまたま出席した田中さんの名誉学位記授与式に電気系の同窓生が3人しか出席しなかったため、(彼とは教養部時代に少し話をした程度の私ですが)ぜひ同級生からスピーチを....という事になり、何も考えないまま二つ返事で引き受けてしまったのです....。阿部東北大学学長、遠山文部科学大臣、田中耕一さん、安達教授のあいさつに続いて、何とTUWV22期の私が出番になってしまいました。八木アンテナの話やら西澤先生の話を様々ならべて......二口の山の話をする訳にもゆかず...ウケねらいのジュークも不発に終わり....私の次は島津の社長と、まったく場違いのスピーチで冷や汗もんでした。夜のニュースステーションにも5秒くらい私のコメントが流れたり....実に大変な経験でした。

ボランテイアで始めたTUWVのe−mailアドレス整理も来年は6年目に入ります。年賀状などでTUWVのOB、OGの新しいアドレスを見つけたら、GWT00287@biglobe.ne.jpへご一報下さい。


22期(昭和58年卒)の西川雅明です。

10月13日、山岳耐久レース(長谷川恒男カップ)に参加しました。初参加です。このレースは、奥多摩の山71.5kmを24時間以内に走るというもので、日本で最も苛酷なレースのひとつに数えられています。

前半で、後続の大集団に巻き込まれまいと少々オーバーペース気味で走ったため、中盤以降は持病の腰痛・膝痛が出てきてしまい、思うようにスピードアップができなかったのが心残りです。しかし、それでも何とか15時間13分で完走できました。13時スタートでしたから、ゴールインは翌朝4時過ぎです。出走1301人中(完走905人中)、167位という結果でした。この日は幸運なことに、天気には恵まれ、満点の星空が疲れを忘れさせてくれました。ヘッドランプを頼りに真っ暗な山道を歩くのも、気持ちよかったです。

それと、1月から調布の「四季山岳会」に入り活動しています。月に2〜3回のペースで主に奥多摩、奥秩父、丹沢を歩いています。縦走のみならず、沢登りやヤブコギも手がけており、ほとんどワンゲル時代のような山生活を送っています。


26期(昭和62年卒)の佐藤雅浩です。

私は年の割に子供がまだ小さいのですが、それでも再来年には小学校なので、今年の夏からまずはぼちぼちオートキャンプ場へ連れていっています。あと数年すればちょっとした釣りや日帰り山行なら連れていけるかと楽しみにしています。


28期(平成元年卒)の武井圭吾です。

近況というほど動きがありませんが、登山靴を買いました。足をいためて、しばらくまともな山登りはしていなかったので、そろそろ再開しようともくろんでいます。


38期(平成11年卒)の安中さやかです。

例年は山に誘われれば必ず参加だったのに、今年は夏から秋にかけて非常に忙しく、悲しい思いをしました。その上、数少ない山行のうち2度も雷雲に直撃されました(8月初旬に秋田駒から八甲田、8月中旬に霧島韓国岳)。歳の近い在仙メンバーが少なくなり寂しくもありますが、若さ溢れる現役生から元気を分けてもらえればと思っています。

新 年 会 の お 知 ら せ

新年会は毎年1月の最終金曜日にいつもの所で行っています。

    平成15年1月31日(金)18:30 (会費は10,000円の予定)

    新橋駅のすぐ近くにある新橋亭(しんきょうてい)(TEL 03-3580-7811)

皆さんお誘いの上ご出席下さい。特に若い人の出席は大歓迎です。遠くの方でも東京に出張などで来るような場合には、ぜひ出席して下さい。飛び込み大歓迎です。逆に、に出席ということになっているのに、当日欠席される方も結構います。これは本当に幹事泣かせ。

予定が変わった時は早めにご連絡下さい。

  問い合わせ、連絡先  佐藤拓哉  0468-41-8622  メール: 3354407801@jcom.home.ne.jp


<平成14年新年会出席者> 49名

(S40)小原佑一、関川利男 
(S41)朝倉肇、海老央一、門屋大二、桜洋一郎、佐藤豊治、瀬尾勝之、横山雄一郎、八木真介、横山雄一郎、吉田公平 
(S42)加藤邦明、渡辺文隆、青木祐二 
(S43)石川誠之、大木芳正、大釜寛修、金子清敏、国岡徹郎、菊谷清、藤森英和、真尾征夫、上田俊郎 
(S44)小笠原弘三、佐藤拓哉、浜聡、水上俊彦、渡辺幸英
(S45)富川正夫、伊藤千代子、原田博夫 
(S46)甲斐利春、黒田和雄、菅原英行、杉森一太、高木良博、富並重宣、若佐則雄 
(S47)池田重則、園部式正 
(S48)藤田真利子、神山文範、松井一昭 
(S55)板橋正之 
(S56)宮崎幸司、佐々木晃 
(S60)伊藤道郎、長谷川雅一
(H1)樺元淳一


TUWVOB会 2001年会計報告
(東京口座)
1.収 入 
   前回から繰越     353,007
    OB会費(9人)    23,000
      利息             202
      計                  376,209

2.支 出 
    会報 印刷       18,375
        送料       16,470
    新年会案内          850
     封筒             596
   事務用品、通信他       709
      次回繰越       339,209
       計                  376,209


 ★★ 編集後記★★

 毎年どこかで同期会が開かれているようですが、事務局にはなかなか情報  が入ってきません。同期会の様子をぜひOB会報に 載せたいと思います。同期会幹事の仕事の一つとして、「同期会の様子を事務局に知らせる」ということを追加して下さい。誰かを指名していただいても結構です。

 年会費は1000円です。1ペ−ジ目の口座に振り振り込んで下さい。数年前から新年会で集めるのを止めました。

 22期の西川さんのご好意でTUWVOB会のホームページを開いています。ご利用下さい。また、利根川さんに会員のメールアドレス帳を作っていただいています。アドレスをお持ちの方は利根川さんまで。 (e-mail : GWT00287@biglobe.ne.jp  )