ボクの南アルプス
8期(昭和44年卒) 佐藤 良子
 ボクの登山史上これ程晴天に恵まれた山行はこの先ないかもしれないと思われる程、3泊4日の南アルプスは晴天続き。幼稚園のチビNo3のこの体で2700mの高峰を制覇したことは、大きな自信となって、「ボクは2700mまで登ったんだぜ」と胸を張ることしばしである。

 それにしても、昼の天にも昇る嬉悦とは裏腹に夜のなんと重々しい闇であることよ。ギラギラまばゆく無数の星達と、その地上の漠とした静と闇。宇宙の重みがひしひしとかんじられた。雪子は夜の重圧感に耐え切れず毎晩テントの中で、南アのしじまをつんざくような叫び声で母をふるえあがらせた。南アに生息する鳥獣達も夜の安息をかき乱されてさぞかし身を縮めたことだろう。

 おまけにテントときたら2人用のカマボコで、フレームがたわまんばかりに一家4人がひしめいているのだからたまらない。合シュラフの運命にある母娘はひとつのシュラフに、雪子は顔を出して、母は雪子の足もとあたりから下にもぐり込んで寝るという有様。必然的に母は定期的に新鮮な酸素を求めてシュラフの奥底から這い上がってきてはまた底にもぐっていく。次からは海にもぐるときのあのシュノーケルを一つ装備に加えた方がいいかもしれない。

 ボクは広河原に着いた時からあの広い川に足を入れて戯れたい衝動にかられ、北沢峠に着いても、その思いは募るばかりだったが、転んで濡れたら困るという理由で、清らかな流れを目の前にしながら我慢をせねばならなかったが、二日目の2700mを征服した夕刻やっと解禁になって憧れの北沢に入った。
 はじめ、沢に架かっている細い丸木をカニさんカニさんで向岸に渡り、その帰り沢を飛び石で渡ってきたら、ツルン、ジャポンと身ぐるみ入水式!これでボクは満足さ。
 翌日、父のデッカイザックに、濡れた服をかけて広河原まで歩いて行くうちにはすっかり乾いちゃったのだから、山の生活って合理的だなァ、な〜んちゃって。
昭和53年OB会報NO10より抜粋