20年ぶりの再会
7 期( 昭和43年卒) 上田 俊朗
 今年の6月3日、卒業20周年を記念して、遠刈田温泉で開いた。集合場所は、見違えるほど立派になった仙台駅構内の喫茶店「オールデイズ・カフエ」。三々五々集まってくる同期生。外見はお互いすぐに分かる程度の変わりようだけ(かな?)。鈴木禄弥先生ご夫妻も同乗され、マイクロバスでワイワイガヤガヤ騒ぎながら、一路遠刈田温泉へ。

 恒例となっている新橋の新橋亭での新年会で、同期の大木、金子、藤森、村山君と小生で原案を練った。世話役に現役時代の企画担当だった真尾君と、地元仙台で仕事をしている手戸君を選び、具体的な行動へ移った。住所不明の人は手分けして調べた。会場は、懐かしい蔵王山麓の遠刈田温泉にあるペンション「マイポケット」を貸切りとした。

 夕刻、カラマツ林の中のペンションヘ、古いダジャレ「とおがったな−」と言いながら到着。風呂に入る者、散歩する者、テラスで話をする者と最初は分かれていたが、いつの間にかテラスにみんな集まり、プレ宴会となってしまった。

 発起人代表として上田が口火を切り、鈴木先生ご夫妻のご挨拶のあと、一番遠方の長崎からはせ参じた大釜君が、乾杯の音頭を取った。おいしい料理を食べ、桶を飲みながらの歓談が始まり、参加者の近況や、参加できなかった同期生の話などがつぎつぎと出てきた。

 「青葉萌ゆる」で中締めした頃にはすっかりワンゲル時代のコンパになってしまった。その後、手戸君が製作したスライド「思い出コーナー」があり、鼻の奥がツーンとくるような感じを味わった人が多かったようであった。貸切りの気安さから、夜遅くまで飲み、騒ぎ、まるで20年間のプランクを取り戻そうとしているかのようであった。

 翌朝も快晴。起きる時間は、日頃の習性からパラパラ。マイクロバスで蔵王登山。堕落したのか、賢くなったのか。その中で、山岸君一人だけはなぜか登山靴をはいてきていた。昔と変わらない不思議な色のお釜の五色沼を見、遠く大東、小東、南蔵王などを眺め(ほとんど山の名前は忘れていた)、山形側へ下山。蔵王温泉で昼食。ケーブルカーが運休中のため、山形蔵王登山は断念。時間つぶしに散策していると、撮影会をしているグループがあった。我々も手戸君を講師に即席の撮影会を開いたが、モデル不足はどうにもならず。

 笹谷峠の手前でひと休み。ビールを飲みながら、炭焼きのニジマスにかじりついた。昔テントサイトとしていた笹谷峠(なぜか反射的に旧練のコンソメスープを思い出す)はトンネルの上。あっという間に宮城県へ入ってしまう。

 予定どおりに仙台駅に到着。ワンゲjレ時代の4年間の思い出は、1泊2日の短い時間で、走馬燈のように頭の中を巡っていった。次の25周年の再会を約束し、仕事と家庭が待っている所へと、それぞれ帰途についた。

 最後に、忙しい中いろいろ骨を折ってくださった真尾君、文集作りや写真の配布までしていただいた手戸君、お手伝いくださった八重樫さんに心から感謝し、また、特別にご参加くださいました鈴木先生ご夫妻にお礼申し上げます。

 次回予定 関東地区で(幹事:村山、大木、金子君を中心に)


参加者

五十嵐(桐生)、石川(藤沢)、大木(筑波)、大釜(長崎)、大山(酒田)
八重樫((旧姓片岡、仙台)、金子(大宮)、国岡(仙台)、手戸(亘理)
真尾(青森)、村山(横浜)、山岸(太田)、山口(息子と一籍、柏)
上田((旧姓佐々木、札幌)、鈴木禄弥先生ご夫妻
平成元年OB会報NO20より抜粋