欧州渡り烏
4期 (昭和40年卒) 小原 祐一
 この夏からワンゲル発祥の地、欧州勤務となり、パリに住んでいます。

 トルコのイズミル空港でチャーターした車は、暗くなった道をただひたすら走り続けている。時々荷台のひしゃげたトラヅクやペコペコの乗用車とすれ違ったり、追い抜いたりして行く。薄暗くて道の両側がどうなっているのかよく分からないが、光が見えないことから、道の脇にはほとんど人家がないらしい。追い抜く車、すれ違う車を見ていると、このままイラン、イラクを通り、シルクロードに入りロプノールの脇を抜けて、中国、朝鮮半島まで陸続きだということ、道が繋がっていることをしみじみと感じさせられる。

 このまま定年までヨーロヅパにいて、自動車で陸伝いにノンビリと帰国するのも悪くないなー‥‥。子供の頃読んだ朝日新聞の辻さん(?)の「ロンドン東京5万キロ」を思い出しつつ、あれはドアが観音開きのトヨペットクラウンだったから、俺はバジェロにしようか、乗用車それも国産車かドイツ車がいいか、なんて考えているのは幸せだなー!

 隣に座っているフランス人は何を考えていたか知らないけれど‥‥、彼だって若いとき徴兵を逃れるために、何年かアフリカで生活しているとのこと。こっちが真面目に会議に参加している間をサボツて、古代トルコの遺跡を見学に行ってくる根性には負けました。

 こっちも帰路、イ、スタンブールで2時間乗り継ぎの時間があったので、ヨーロヅパとアジアをつなぐ橋を見たくなって、ボスポラス海峡まで車を走らせてもらいました。土砂降りの雨で車から一歩も出られませんでしたが、アジアとヨーロヅパを一度に見てきました。そこまでは良かったのですが、帰りに交通渋滞に巻き込まれた上に、車の調子が悪くなり、飛行機の出発予定時間ギリギリに空港カウンターに飛び込む羽目になりました。なんと運の悪いことに、カウンターで「パリの航空管制管ストライキで出発の見込みはたちません」との答えでした。結局、イスタンブールの空港に5時間足止めになり、パリに着いたのは真夜中でした。

 それにもめげず、翌週はスイス(夏に見た山々は既に雪を被っていました)とロンドン、次の週はドイツ、そしてその次にはまたロンドンとウェールズ・リバプールと毎遇渡り歩いています。

 こんな状況ですから、家具(ペヅト等)を買いに行く暇が無くて、アパートで数週間寝袋で生活をするはめになりました。更に、新築アパートだったので電気が引けるまで照明も無く、懐電で過ごしていたというのも含め、パリにおけるキャンプ生活実践者として事務所の伝説になりそうです。まさか華の都でワンゲルを実践できるとは思いませんでした(今年の夏は、東欧からの旅行者が観光地の公園でテント・寝袋生活をするのが大きな問題となっていました)。

 第一次越冬隊の西堀隊長が蛇と鰹節(京大山岳部時代の非常食)を南極に持って行ったのと同じ感覚で、羽毛の寝袋とコッフェル、スイス・アーミー・ナイフを秘かに持ってきたのは正解でした。更に、冬のヨーロッパでは、ヒマラヤ用に開発された羽毛の高所服が非常に役に立っています。

 さて、この週末に仲間で持ち寄りパーティーをやることになっています。きのこ(ツキヨタケみたいだけど色が違って、灰色のヒラタケみたいなきのこです。朝市で売っていたから毒きのこではないでしょう)と骨付きのうさぎのもも肉(スーパや普通の肉屋で売っている)を煮込んだ欧州マタギ・スープをご馳走してやろう。
 
 欧州においでの節は是非ご一報下さい。

自宅住所: 21,rue Bargue,75015 PARIS  Tel (01)43068197
offece: Tel (01)47 66 98 63   Fax:(01)47 66 98 56
平成3年OB会報NO22より抜粋