ワングルOBむかしを語る会
9期(昭和55年卒) 大竹 秀男

 「ワングルOBむかしを語る会」の別称は「加藤の尻を叩く会」と言いまして、そもそものこの会をやる事になった経緯からお話しましょう。われら昭和55年卒は総勢14人で、卒業後次々と(ポロポロと?)結婚してゆき、今年(1996年)3月に13人目の石川重年がめでたく結婚の運びとなりました。同期は結婚式に全員招くのが原則となっておりまして、重年の結婚式にはほぼ全員集合し、OB会になったわけです(我々にとっては、いつも結婚式がOB会みたいなもので!)。その2次会の際、今回出席できなかった者もいるし、卒業して16年も経つことだから55年卒でOB会を開かないかとの話になったのが始まりであります。やるなら仙台の近くが良いと言う事から、山形在住の岩田と仙台在住の大竹が幹事の重責を仰せつかりました。その際、まだ1人身は「加藤」人となってしまった事もあり、家族全員で集まり、加藤の尻を叩こうではないかと言う事になった訳です。

 OB会は、1996年7月13日(1泊2日)、山形蔵王温泉の竜山荘にて行いました。出席者は板橋正之+妻、川島芳之+妻・子、角田隆+妻・子、須々木裕太+妻・子、高川正徳+子、小島博之+妻・子、斉須幸司+妻・子、五十嵐稔+妻・子、岩田徹+妻・子、大竹秀男+妻・子、加藤正己の計OB11名で、家族を含め約40名が集まりました。不幸にも出席できなかった者は、新婚の石川重年(仕事の都合)、佐野豊(家族に不幸)およびアメリカ人(?)になった小山茂典(アメリカ西海岸サンノゼ在住)の3人であります。

 年齢構成は38才から41才で、頭の薄くなった者、頭に白いものが目立ち始めた者など、みんな歳を感じさせる風貌になってきました。集合は午後6時だったので、山寺まで足を延ばしてから来た者、仙台経由で来た者などいろいろだった様ですが、誰一人として山に登ってきた者はいませんでした。風貌だけでなく、身体も ・・・ かな!。

 次の日に山登りの計画を立てようとしましたが、企図に止められました(嘘です)。全員集まると、子供が約半分を占めておりますから、子供会の遠足みたいなものです。夕食の時は宴会とは全く異なった雰囲気で、ワイワイガヤガヤ。子供達はアッと君う間に仲良くなり、2次会ではビンゴゲームで川島の息子がリーダーシップを取り盛り上がりました。やはり親の血かと笑ってしまいました。

 3次会でやっと静かに囲炉裏のある部屋で、男だけでむかしを語り始めました。薄暗い部屋で、みんなで酒を呑みながら話していると大学時代の気分になり、アッと言う間に酒はなくなり、おひらき。歳は取っても変わってない友。酒は少し弱くなったかな!

 次の日全員で写真を取り、次回のOB会の開催を約束し(幹事:加藤・斉須・五十嵐君次回よろしく)、解散。ちなみに、幹事の岩田と大竹はカメラを忘れたのである。各自のカメラで取っだのだが、だれ一人として幹事に写真を送ってこないのである。

 追録:小山は「運命の女の子(千代さん)」と出合い、以来13年間人生を伴にし、子ども2人。アメリカに渡って7年になり、ゴルフにはまり。アメリカの広大な自然を家族とオート・キャンピングで楽しんでいる。また、サンノゼには1年先輩の金井さんもおり(エレクトロニクス会社務め、6年になる)、時々あっているとのことです。(手紙の抜粋)

 佐野は仙台の山岳会に所属し、同期では唯一山を積極的に続けている男である。年末年始には毎年、妻と愛嬢の碧(ミドリ)ちゃんと山に龍もっているとのことである。

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平成8年OB会報NO27より抜粋