きつかった!  暑かった! でも本当に楽しかった!!
<ワンゲル卒業30周年記念>シルクロード探検・・・・別名<老練合宿>

10期(昭和46年卒) 黒田 和雄

 メンバー  昭和46年にワンゲルを卒業した同期の内9名+夫人1名
        黒田、菅原、杉森、高野・夫人、富並、野家、野本、藤田、若佐

  8月11日(土)  成田発→敦煌→鳴沙山登頂→敦煌(泊)

  8月12日(日)  莫高窟見学→鉄道の敦煌駅→(車中泊)

  8月13日(月)  トルファン駅→高昌故城→ベゼクリク千仏洞→火焔山→交河故城→
          ウルムチ通過→天池(パオに泊まる)

  8月14日(火)  天池→ウルムチ見学→カシュガル泊

  8月15日(水)  カシュガル→カラクリ湖に向うが橋流出で断念→カシュガル泊

  8月16日(木)  香妃墓→バザール→職人街→東湖(詩朗読)→日中友好晩餐会→
          キャンプファイヤー→ウルムチ

  8月17日(金)  ウルムチ→北京 市内観光

  8月18日(土)  北京→成田 解散

10年前に卒業20周年記念の二口集合時に交わした約束。「シルクロードに行こう!」この計画を口にしたときは「本当かな? 夢かな?・・・・」と、皆半信半疑だったが、ワンゲル仲間の強い絆か、一人一人の思い入れか、昨年から準備が進み、この夏、見事実現!

「日航のコンピュータトラブル」で 成田出発が1時間以上遅れるアクシデントで始まった旅は、北京での敦煌行きへの乗り換えにフルペースならぬ、「バッグ抱えた空港内ダッシュ」が最初の試練。現地ガイドの献身的協力で この危機を何とか潜り抜け敦煌ヘ。

鳴沙山では、藤田の「ワンゲルの面子にかけて」との声に、蛮勇を振るって、砂山の直登に挑戦。頂上から眺めた夕日に染まるゴビの荒野は忘れられない。とはいえ、この「体力過信」による筋肉痛が、この後尾を引く。

観光拠点はどこも子供達の「お土産売り」攻勢がすごい。どこに行っても子ども達に囲まれるのが何故か杉森。体形なのか 醸し出す雰囲気なのか、いつも”お金持ちの社長さん”。

通常のシルクロードコースにオプションを付け加えたこともあり、列車内の車中泊が入ったり、6時間以上の砂漠のバス行軍があったり、揺られているだけでも大変。加えて時期は 最も暑い8月。 交河故城ではなんと48度の灼熱。ここを見るには1時間は炎天下を歩く。歩く以外手段は無い。ミネラルウォーターを、2本バッグに詰めて、日傘をさし、旧日本軍さながらタオルを首の後ろに当てて。それでも本当に熱かった。唐代の城跡であるが、印象は ”強烈な暑さ”。

この時期、シルクロードはスイカ、メロン、干しぶどう。どの果物もおいしい。地下水脈(カレーズ)のつめたい水を飲んで、極上のハミ瓜を、おいしく頂いて。だが、待っていたのは強烈な下痢。事前検討会で”最も注意をすること、と確認し合い、野本はおばあちゃんからの秘伝の梅エキスまで持ちこんでの対策も、レベルを超えた強烈な下痢で、あえなく降参。

若佐も現地の女医さんに見ていただいて、ようやく生気を取り戻す。この難を免れたのは高野夫妻と黒田のみ。それでも長年、ナイジェリア等、僻地勤務が長い高野の話では、中国の衛生事情は格段に良い、とのこと。紅一点 高野夫人は事前説明会での現地トイレ情報を聞いて、”特性スカート”をつくって臨んだとか。スカートの出番が無くて良かった。

このコースは高低差も大きく 冨並自慢のGPS(標高計)で測ると 敦煌の海抜2400mに対し、トルファンはなんと海抜150m。ここはユーラシア大陸のオヘソ。そこから次に2000mの天池ヘ。天山山脈のふところ、神が創ったか“天の池”で、ウイグル娘の踊りにうっとりするも、酔うほどに皆に乗せられ、出ました!菅原のゲロ踊り。この踊り、なぜかアジアでは受けるとか。パオの中は歌と踊りの国際交流。久々のテント(パオ)の一泊。早朝、天池をのぞんでのキジ打ちは気分爽快。

中国の西端、カシュガルからいよいよパミール高原にむかう。

目指すは3000mを超える高地にあるカラクリ湖。ホテルで前日の雨で道が荒れているかも、との情報に一瞬不安がよぎるが、空気枕そのものの酸素バッグを人数分積み込んでいざ出発。バスで登って標高2750m地点で、突然行く手の橋が落ちている。自然には勝てず、幻のカラクリ湖となる。いつかもう一度!との思いを胸に撤退。

帰途、結婚式を見つけて、飛び入り参加。プレゼントに日本から持っていった飴玉一袋。スイカとナンの歓迎を受け予期せぬ感激。

夕食までに少し空いた時間を有効にと、カシュガルの公園、東湖で見かけた沙棗(すななつめ)をきっかけに、湖畔の四阿(あずまや)で野家が井上靖のシルクロード詩集より「カシュガル」を朗読。わが同期に文学を解する者がいて感激。

夕食は子羊の丸焼き。料理もさりながら、飛び入りで若佐団長が高らかに宣言した 「日中友好宣言」 、続けて皆で歌った「北国の春」に絶大な拍手と合唱。飲んで、踊って、歌って、それでも足りずに、遅延飛行機を待つ間、畑の中のキャンプファイヤーでまたまた歌って。

バスの中、パオの中、野外レストラン、畑の中。随分歌う機会の多い旅だった。歌はワンゲル時代に覚えた歌ばかり。途中、ララララ…が多いのは大目に見よう。そして最後は部歌。

食べて、飲んで、踊って、歌って。かけがえのない仲間と、またとないチームワークで、忘れられない旅となった。さて、次は35周年か、40周年か。今回はそれぞれの事情で残念ながら、本当に残念ながら参加できない仲間がいたが、次はもっと多くの仲間と旅をしたい。それまで健康でいよう。

平成13年OB会報NO32より抜粋