卒業30周年OB山行第4弾  一切経山
2001.09.08(土)09(日)
8期(昭和44年卒) 相原 敬
 【参加者】 健一、千代子、桃谷夫妻、勢、原田、富川 (9期7人)
       拓哉、おぎゃ、三日月、美恵子、前田夫妻、根岸、濱、相原(8期9人)


大宮≠13:05福島13:25=14:05兎平p-14:50吾妻小富士(一周)15:20-16:00吾妻小屋16:30-16:50栂平園地-17:30吾妻小屋19:10=高湯温泉=22:30吾妻小屋吾妻小屋7:15-兎平p-8:20酸ケ平避難小屋9:00-9:35一切経-10:10避難小屋10:20-10:40鎌沼10:50-11:05避難小屋(L)11:50-12:45兎平p12:55=13:20高湯温泉15:00=15:20福島15:30≠大宮

 8、9期合同の30周年記念山行を晩夏の山で毎年行なって、今年で4回目になる。今回は吾妻でやるという連絡を健千代から受けたのは6月に入って間もなくのことであった。相原のように何もしない者でも連絡メールが飛び交う頃になるとそわそわし始める。

 大宮に出て新幹線で首都圏組と一緒に行動することにした。大宮駅のエレベーターで原田と偶然合流し、前田夫妻と根岸の乗るMaxやまびこに乗り込んで一年ぶりの再会を果す。勢は青春18キップで我々よりも先に福島駅に来ていた。

 福島駅まで迎えに来てくれた健千代車と富川車に分乗して賑やかに吾妻スカイラインを辿り、広大な浄土平を通り越して兎平Pに到着すると散策を終えた桃谷夫妻が暇そうに合流する。 拓哉車を待つ間に吾妻小富士にでも登ろうかという事になり、全員でダラダラと話しながら運良くガスが晴れた山頂を一周した。吾妻小富士から一切経の全容を写真に収めたが、非情にも天候は下り坂であり試練の時は刻々と近づいていた。

 兎平の吾妻小屋直前まで車で入り直すと拓哉と美恵子が外のベンチでスケッチなどしており、濱とおぎゃはお茶をしていた。三日月は例によって何処かその辺の山から湧き出して来ていた。全員勢揃いしたところで明日の足慣らしにと一時間コースの栂平園地を散歩する。行き止まりにいくつかベンチが設えてあり、そこで貴重なビールを仲良く分けて飲む。

 吾妻小屋はアクセスはいいし、料理はうまいし、主人は親切、落ち着いた雰囲気はお薦めですよ。アカデミックなテーブルは絵の話、ワンゲルらしいテーブルは話題定まらず、賑やかに夕げの時は流れて行った。

 有料道路のゲートが開放されるのを待ち、二台の車に分乗して濃いガスの中をソロソロと高湯温泉に下って行く。硫黄臭の強い露天風呂で至福のときを過ごし上機嫌で帰る途中、後続の健千代車が忽然と消息を絶った。山にはガスが溢れているというのに健千代車にはガスがなかった。OB山行史上特記すべき衝撃的なチョンボに皆一瞬言葉を失う。神田川の詩に乗せて風呂上りの身体がどんどん冷えて行くのが恐かった。拓哉車のナビを頼りにホワイトアウトスカイラインを上がったり下りたり、最終的に小屋に着いたのは十時半だった。拓哉とグレまくったが前向きに考えればこんな楽しいハプニングはないのかもしれない。しかし現実は、そぼ降る雨音を聞きながら、濡れた身体を静かに布団に潜り込ませるしかなかった。

 じっくり眠って5時半起床、6時朝食。台風の影響で前線が活発になり天候が回復する筈もない。予定していた東吾妻より一切経の方が登りやすいとの結論に達し、取り合えず避難小屋のある酸ケ平をめざして一見アバウトな連中がまとまって行動を起す。思い起こせば記念山行は安達太良と平は絶好の快晴に恵まれたが、鬼怒沼以来おかしくなった。

 避難小屋でコーヒーをした後、砂礫帯の道をゆるゆると登り意外と順調に登頂した。山頂は猛烈なガスに加えて風が強い。とにかく記念撮影だけして風雨に追い立てられるように少し下れば風は弱くなった。初参加の前田奥と桃谷奥にはちょっとしょっぱかったかも知れないが、次の山行に期待しましょう。

 避難小屋をベースに次は鎌沼のピストンだ。酸ケ平は風もなく時々ガスが申し訳程度に晴れて、池塘や緩やかな草原が目の前に広がる。エゾリンドウの蕾、ガンコウランの実、ウメバチソウが湿原に花と実を敷き詰めていた。シラタマノキの実のサロメチルっぽい味は昔の記憶を断片的に浮かび上がらせてすぐ消えた。

 漣を立てて海のように広く感じた鎌沼もガスが晴れて見ればこじんまりとした可愛い沼だ。対岸には東吾妻がゆったりと・・・ 見えない。ガスの中、木道を思い思いに不揃いにあるいはきれいに並んで歩いて行く。がやがやとうるさくもあり、それはまた絶対的な山特有の静けさに包まれてもいた。腹ごなしも適度に出来たしそろそろ小屋に戻って楽しいランチタイムにしようか。満腹になれば次は温泉だ。浄土平を見下ろしながら兎平Pまで幾分明るくなった尾根を軽快に下った。

 硫黄の露天温泉の前には水彩を施したようなススキの穂がそよそよと微風に揺れて、初秋の静かな時がゆっくり流れる音がしていた。ロビーの一隅に陣取って控えめなビール反省会となる。年一度のOB山行もフィナーレを迎えつつあった。二日間はあっという間に過ぎて行く。固い握手を交わし、ある種の不思議な勇気をもらって北の仙台石巻へ 南は宇都宮、神奈川、千葉埼玉、東京、群馬へとそれぞれの日常に戻って行った。

 幹事さんありがとう。次回は30周年もいよいよ第5弾ですか、それとも35周年。出来ることなら明るい陽射しの中で、みんなで輪を作って楽しいお昼にしたいなぁ。

 翌々日に 『 NY超高層に航空機突入テロ 』。


どうする? 吾妻小富士散策
一切経山頂 元メッチェンparty
平成13年OB会報NO32より抜粋