TUWV12期同期会 〜 奥鬼怒
12期(昭和48年卒) 神山 文範

早いもので、もう今年で卒業30年。大学紛争が仙台に及び、2年の評定合宿時から5人の歴代最小の代です。しかし、少ないことも利点の一つか、すぐ過半数が集合するのです。関西勤務だった雨宮が出張で東京に来るたびに、八重洲地下街の「玉の光」(学生時代からの癖で看板の酒名で呼んでしまう)で集まっていました(今は雨宮が鹿島に単身赴任で出張が少なく、また休みには1人娘に会いたくて?東京を素通りして自宅に帰るので、最近は間が空いているね…)。

そんな訳で、20周年には、今は無き二口山荘に蔭山を除く80%+松井のご家族+神山の家族が集まり、盤司岩近くの大行沢で豚汁を作りました。25周年では半沢を除く80%が朝日連峰祝瓶山麓に集まり、1期上の園部さんがメンバーである茨城県の山仲間と角楢小屋に吊橋改良資材を運び、麓の民宿で熊鍋をご馳走になりました。今年は30周年。6月10日に雨宮が久しぶりに東京に出てきたので5人全員が時間差で集まり(即ち、神山が着いた時には蔭山が帰った後だった)、2期上の先輩みたいな派手な(シルクロード)旅行は夢の夢ですが、近場で温泉が有って体にやさしい山に登ろうということになりました。

という訳で、8月2〜3日に鬼怒沼に行ってきました。蔭山はお袋さんの介護で欠席でしたが、直前にも雨宮が同期入社の親友のご不幸で欠席、また半沢のご主人(即ち藤田徹氏)も急な仕事で欠席となり、最終的には松井、半沢、Mr. & Mrs.神山の4人(これでも60%の出席率)で楽しんできました。2日は温泉博士の案内書に「頑固に登山者の宿としての姿勢を保ち、背広を着ていったら断られる…、でも自然湧出の温泉は一流・・・」とか紹介されている日光沢温泉に泊り(露天風呂につかり、半沢のフランス旅行記などで、壁ならぬ紙一枚隔てた隣室の客に苦言を呈されるまで話が盛り上がった)、3日は流石に「登山者の宿」、6時には朝食完了。天候不順なこの夏の奥鬼怒初めての晴天に恵まれ、鬼怒沼の自然、そして日光白根や燧、さらに遠く平が岳(3年の夏合宿は上越で、神山Pは平が岳から始まった)の眺望を楽しんで来ました。

最後に近況を。雨宮は前述。紅一点の半沢(現藤田)はこの夏、パリのボーイフレンドとのシシリー旅行も楽しみ(藤田徹氏も一緒です、念のため)、最近も朝日の書評で紹介された「お尻とその穴の文化史」を出版、今や一流の翻訳家です。松井は今も硬派、ローカルのマラソン大会に出場し、秩父の山に一人で登り、体力維持に余念がありません。蔭山は仕事で韓国に出張が続いており、日韓親善民間大使の如くなり、今やキムチ漬け?そして私(旧姓増渕)は、娘が大学のチャリ部で全国ツアーするのに負けじと、SUVを駆って妻と秘湯ドライブ(5月奥会津小豆温泉、8月日光沢温泉、9月は娘も加わり渋御殿湯泊で北八ツ天狗岳登山、10月木賊温泉、11月松川温泉)を楽しんでいます。

平成15年OB会報NO34より抜粋