前穂北尾根W峰正面壁 北条=新村ルート
8期(昭和44年卒) 佐藤 拓哉

奥又白の池のほとりに張ったテントを一晩中雨が叩いている。気が重いが、2時に起きてとにかく朝食をとる。3時半、雨の中を出発する。メンバーは鷹取クライミングスクールの嶌田先生(JCC)と我々夫婦の3人。奥又白本谷の雪渓を登っているうちに明るくなり始める。テン場から1時間半で北条=新村ルートの取付きに着く。相変わらず小雨が降り続いているが、ガスは昨日より薄い。濡れて黒く光る岩壁が目の前に立ちはだかっている。

前日、井上靖の「氷壁」で有名になった前穂東壁を目指したが、悪天候のため途中で引き返した。今日も天気は悪いので、ルートを北条=新村ルートに変更した。このルートは登攀史上やルートの内容から、穂高を代表するクラシックルートとされている。

取付きから見上げる広い正面壁には、右上気味に凹状ガリーが100mくらい伸びている。ガリーのすぐ右側を3ピッチで登る。岩は濡れているが、ゴツゴツした岩なので滑ることはない。急な凹状部を直上すると広いハイマツテラスとなる。凹状部の直上は見た目より登りにくく、あと一歩のところで濡れた岩で滑ってしまう。ホンチャンルートでの初フォールである。手を上げっぱなしにしていたため、テラスに着いた時には指先が冷え切って痛くなってしまった。雨は降り続いており、雨具を着ていても次第に濡れてきて寒くてしようがない。雨具の下にフリースを着てこなかったことが悔やまれる。

テラスから見上げた壁は全体的に前傾しており、頭上に大きなハングが迫ってくる。ハング帯の切れ目、すぐ右側の凹角部を登る。下部は特に難しくないが、最初の小ハングで変な体勢になってしまい、なかなか立て直せずモタつく。ここを登るといよいよ核心部の2つ目のハングである。残置スリングが何本かぶら下がっており、誘惑に負けて使わせてもらう。ハングした岩を右側から回り込むようにしてようやく登る。かなり時間を食ってしまう。オギャーに大分遅れをとる。

ハングを越えた後は硯石のようなフェースを右に10m程度トラバースする。フェースは全体的にはツルツルだが、ホールドはしっかりしており、ホッとする。終了点の一角に古いハーケンが4本も並んで打たれている。戦前に登ったクライマーが打込んだハーケンが残っているかどうか分からないが、先人の足跡を強く感じさせる。

バンドをさらに15m程度トラバースする。高度感抜群である。カンテを回り込み、急なフェースと傾斜の落ちたゴツゴツしたスラブを登るとハイマツ帯となって終了となる。ちょうど10時、取付きから約4時間半かかった。

一昨年の剣岳チンネ・八つ峰、昨年の北穂滝谷ドーム、今年の前穂北尾根W峰正面壁と日本を代表するクラシックルートを登った。クラシックルートを一つでも多く登りたいものである。来年はぜひ北岳バットレスを登りたいと思っている。

平成15年OB会報NO34より抜粋