三日月激励(慰問)蓼科山行
( 平成16年8月7日8日 ) 
8期(昭和44年卒) 相原 敬
【参加者】 伊藤健一・千代子、前田・教子、水上、小笠原、相原・敬子、(三日月)

 八ヶ岳連峰が岩峰群の屏風を連ね、それが北八ツの穏やかな起伏に変わった最北端に、丸い頭を大きく持ち上げた独立峰のように聳えるのがコニーデ火山、蓼科山だ。三日月君は今年の4月からこの蓼科山頂ヒュッテで新たな人生を歩み始めたばかりだ。

 蓼科山の登山コースはいくつかあるが、少しでも長く皆と行動したいというもくろみもあって、北横岳を越えて天祥寺原に下る楽しいコース設定をした。ピラタスRWで坪庭までラクチン空中散歩。ガス模様だったが、蓼科山や南八ツがときどき姿を見せてくれるのがいい予兆だ。北横南峰で早速ランチ(L1)になるものの、雷鳴にせかされながら亀甲池に下る。北八ツ特有の鬱蒼とした原生林が予想外に好評で、企画者としてはちょっぴり嬉しくなる。

 天祥寺原辺りは花もそこそこ、平坦な草原で軽やかなハイキング気分だ。正面に蓼科山頂が見えるとがぜんやる気になる。取り付きはガレ沢の中を行くが、突然健一が「腹が減った」と騒ぎだし、1時間ほど登ったところでL2になった。将軍平に着くと、ボッカ中の米川氏(山頂ヒュッテオーナー)に出会う。

 最後の大岩の急登途中で我慢していた雷様が遂に雨を降らす。小屋に駆け込むと、三日月がはにかんだあの笑顔で歓迎してくれた。まだ2時半というのに速攻宴会モードに突入し、小屋のビール、担いできた焼酎、日本酒ととどまる所を知らない。雨が止むのを待って山頂逍遥、日没ショーを見に出かける。雨上りのはるかな山並みに感動し、西穂に沈むでっかい夕陽は私達から言葉を奪う。不思議な連帯感が山頂に漂い、若い頃以上にセンチメンタルな気分に浸る。

 三日月との再会を祝して改めてワインで乾杯する。男3人の山小屋にしては全て手作りの美味い料理に話も弾んで、山上のなつかしい時がゆるゆると流れていく。ハイシーズンということもあり、30人ほどの泊り客があって三日月は結構忙しそうに動いていた。食後は善意で提供された個室にもぐり、後片付けを終えた三日月も交えて山小屋の生活ぶりや南極の話で盛り上った。

 誰かが便所に起きたついでに、星空鑑賞会とか言って起こされる。 月明かりが眩しいくらいだったから、星座はイマイチだった。ウトウトする間もなく御来光の時間がやってくる。雲海に浮かぶ西上州荒船山の真上、雲間からそっと太陽が昇る。雲を染めて派手派手な昨日の日没に比べて、日の出は静かで心が洗われる。展望台に立って、北アから南ア、南八ツに広がる遥かな空間にそれぞれの思いを馳せた。 「昔来た時には山頂は草原になっていて走った記憶があるよ」 という千代子蓼科山頂翔ける伝説を無理やり納得させられる。

 小屋にはピアノや立派な音響装置があり、別れの前に三日月がピアノを2曲弾いてくれた。標高2530mに訥々と流れるメロディーは再会劇を締め括るのに充分すぎるほど穏やかだった。登山者への笑顔、楽しげな接客、厨房で甲斐甲斐しく働く姿など、サービスにかける今の姿が本当の三日月じゃないかと小笠原が呟いたという。

 小屋スタッフに見送られて再び山頂に陣取り、コーヒーを沸かす・・ 岩間に沈殿・・ OBならではの贅沢さ。ここから女神茶屋まで急な下り、最初は火山岩がゴロゴロした急斜面だが、展望が開けているので気持良くおしゃべりしながらの下りだ。

 突然の雷雨、ハクサンフウロ、アキノキリンソウ、雨上がりの山並み、西穂に沈む夕陽、祝宴、クラシック音楽、星空、雲海の御来光、360°の展望、まどろむ山頂 ・・・。5月に蓼科山で偶然三日月君と出会い、こんなに早くみんなと訪ねて来られるとは思っていなかった。
三日月君、ビールとワインと笑顔とピアノ ありがとう

8期の三日月君はこの4月から蓼科山頂ヒュッテの住人になりました。
北八ヶ岳に行く時はぜひ蓼科山にも足を伸ばし、声をかけてください。 (拓哉)

まだかい かんぱ〜い♪
日没 夜明け
別れの曲 じゃ、達者でな
平成16年OB会報NO35より抜粋