20〜22期 夏合宿(黒部源流と薬師岳)
21期(昭和57年卒) 千田 敏之

日程:2011/8/4(木)〜8/7(日)
メンバー:岩屋淳(20期)、石井篤、千田敏之(21期)、石川勤、手塚和彦(22期)

 「今年はどこに行こうか?」――。昨年末から夏合宿の山域を検討していた20期、21期、22期の恒例パーティーは、当初、東北大・土屋教授(22期)の研究ネットワークを使って白神山地の沢に入る予定だった。しかし、東日本大震災で教授の授業予定や諸環境が激変、白神入山は断念することになった。去年のような鉄砲水の恐怖(恋ノ岐川)はもう味わいたくない。そこで浮上したのが、3年前、2008年の夏も楽しんだ北アルプス・黒部源流。黒部なら勝手知ったる山域、多少の増水でも安心だ。20期の岩屋さんが「黒部は一度も行ったことがない」とのことで前回とは行程をひと味変えて、赤木沢を完全遡行、別天地・赤木平から薬師沢左俣を下降、翌日薬師沢右俣を遡行し、薬師岳ピークを落とし、折立に戻るという、黒部入門コースを設定してみた。さて、その結果は……。



8/4 (木)

 いつも使っていた夜行列車「北陸」「日本海」などが廃止されたため、今年は池袋23時発の夜行バスで富山へ。3列シートで意外と快適だが、疣痔を患う私(千田)には辛い時間であった。

8/5 (金)
 富山からは予約してあった折立行き直通急行バスを利用。朝8時には折立着。太郎平に向け歩き始める。太郎平で生ビールを楽しんだ後、薬師沢出合いに向け下降。

 薬師沢出合の小屋付近は幕営禁止のため、いつも利用している出合い手前30分ほどにある、左俣・右俣出合い付近のいつものテン場に臨時野営。

 岩魚をしこたま釣り、焚き火で焼いて、皆で酒を飲みながら馬鹿話をする。たまらないひとときである(写真1)。

 (写真1)


 テントはそのままに、昼のソーメンの用意とザイルだけ持って薬師沢出合いへ。そこから黒部源流を遡行し、日本で最も美しいと言われる赤木沢へ(写真2)。

 (写真2)


 今年の夏の天候はずっと不安定で、この日の天気も曇時々雨。水量も増水中だ。赤木沢を軽快に遡行した後、源流部で流しソーメンを食す。その後、流れが細くなった源流部を詰め赤木平に至る(写真3)。

 (写真3)


 まさに別天地と言っていい赤木平は、高山植物が咲き乱れる草原で、もし晴れていたらゆっくり昼寝でもしたいところだが、天候が急変、雷も鳴り出したので薬師沢左俣をすぐに下降し始める。

 ……が、この左俣が曲者だった。下調べを一応ネットでしていたのだが、「ザイルを出すほどのこともない簡単な下降ルート」とのことだった。しかし、草原を過ぎ、下りが始まると様相は一変。急峻な滝が連続し、滝の脇の藪を使っての過酷な下降を強いられる。7mmザイルを持ってはいたが、懸垂下降にかかる時間が惜しいので、左岸、右岸のどちらが降りやすそうかをほぼ勘で判断し、フリーで岩場と藪の下降を続けた。

 こういう時にTUWVでの経験と30年超の付き合いが効いてくる。トップの判断を後続の人間が脇から谷を覗き込んでサポート。先行が行き詰まったら、すぐに後続が代替のコースを偵察し、ルートを決める。特に細かな打ち合わせを行わなくても、絶妙のチームワークで“ここしかない”というコースを自然に選び取り、下っていく。約4時間ほどかけてテン場に到着、皆ヘトヘトで、この時点で「空身の下降でこのバテ具合。明日、右俣をザックを背負って登るなんて無理」との意見多数で、翌日は縦走路から薬師岳を目指すことにする。

8/6 (土)
 テン場から太郎平にザックを背負って引き返し、指定幕営地の薬師峠にテントを張って、薬師岳ピストン。何度もこのエリアを訪れているが、薬師に登るのは皆初めてだ。今回は百名山ハンターの手塚、石川の要望を叶えるための山行でもあるので、石井、千田も渋々、薬師岳を目指す。ただ、岩屋さんは女子大生溢れる薬師峠のテン場の雰囲気が気に入ったのか「ここで山ガールを見ながら待ってる」と、1人だけピストンをしない決断をする。

8/7 (日)
 薬師峠のテントを撤収。太郎平を経て折立に下山。富山で寿司を食べて列車で帰京した。皆、50歳を超えて、膝に爆弾を抱えるなど、荷物を担いでの沢遡行が困難な年齢となってしまった。空身の沢登りか縦走がこれから夏合宿の形態となるだろう。もっとも、黒部源流はあと5`6年たっても我々にも遊べそうだ。また皆と訪れたい。

平成23年OB会報NO42より抜粋