谷川岳 一ノ倉沢 衝立岩中央稜
8期(昭和44年卒) 相原 敬
 今まで一ノ倉沢の出合は何度も訪れたことのある観光地という認識しかなかった。サンカヨウの花に見送られて雪渓で埋まった本谷をつめ、テールリッジに取り付いたのが6時。終始正面に聳える衝立岩は、朝日に輝いて険しくも美しく大迫力の全容を呈していた。
 クライミングを始めて日の浅い我が夫婦に衝立岩登攀などという大それたことが許されるのだろうかと思ったが、「中央稜は初心者向き」という拓哉の言葉を信じることにした。一ノ倉沢や衝立岩という快い響きに憧れもあった。

テールリッジから望む衝立岩


 登攀開始は8時。1ピッチ目は難なくクリア、2ピッチ目のトラバースに身体をこわばらせ、3ピッチ目の終了点はフェースの狭いレッジで、不安定な姿勢で谷を見下ろしている。見上げればルートの核心のチムニーが垂直に見えた。

 本谷上部の雪渓は割れており、崩落すると魂を揺さぶるような大音響をたてて谷にこだました。まるで山そのものが崩れるような錯覚に襲われた。
 はらっぱ(妻)は不安な気持ちを必死に抑えているのが表情から読み取れる。期待と不安(後悔)とが入り混じる複雑な心境であったと思うし、私自身も同じ気持ちだった。彼女は一ノ倉沢というネームバリューに押しつぶされそうになって、良く眠れない日が続き体重も減った(これは嬉しいらしい)と後述している。

核心の4P目を攀る

 還暦過ぎた善良なハイカーである二人が、何故こんな所に張り付いているのか不思議な気もした。昨年来、妙義の険悪な稜線を歩き、榛名黒岩や伊豆城ヶ崎でトレーニングをし、四国九州の百名山遠征を挟んで、二子山西岳中央稜でアルパインに挑戦したのも記憶に新しい。その流れで、いまクライマー憧れの一ノ倉沢の壁に取り付いている。その間に彼女は岩場で骨折も経験していたので、恐怖心が重くのしかかっていたかもしれない。

 衝立ノ頭まで8ピッチ、逆層の凹角をクリアし、明るいフェースは爽快なクライミングを楽しむことができた。一ノ倉沢の雪渓を見下ろす高度感は相当なものがあり、緊張感とともに、来て良かったという思いが錯綜した。

 草付きの最終ピッチになって初めて緊張から開放され、午後1時に衝立ノ頭に抜けた。食事しながら眺める谷川連峰馬蹄形稜線の上に巻機山が感動ものだった。巻機山をはじめ、朝日岳、笠ヶ岳、その後ろに至仏山、尾瀬笠ヶ岳、上州武尊山、その肩に日光白根山までも見えた。昔歩いた懐かしい山を前に、拓哉と学生時代の思い出に浸っていれば、吹き抜ける風が心地よかった。

逆層の凹角 懸垂下降するはらっぱ

 下りは懸垂なので、登りより幾分か気持ちが楽だった。衝立岩の基部までおよそ330mだから、東京タワーとほぼ同じくらいの高さ。登攀及び下降に13時間半かけて出合に戻った。

 衝立ノ頭に立てた感動がジワジワと湧き上がってきた。あれから半年、おぎゃ〜と共に妙義の筆頭岩を登り、拓哉に連れられて雨の小川山のガマルートを登った。秋には八ツの横岳小同心クラックや稲子岳南壁も登った。未だに自主的にクライミングする意気地がなく、我々のレベルに合ったルートを探してくれる拓哉頼みのヘナチョコクライマーから脱しきれないでいる。

平成23年OB会報NO42より抜粋