水上俊彦君 富士山遭難事故 捜索報告書
2017.07.08  TUWVOB会
 1.はじめに
 2017年5月11日(木)に、TUWVOB水上俊彦君(8期)は富士宮口五合目から単独で富士山をめざしていた。下山予定日になっても帰宅しないことを心配した家族が、13日に横浜戸塚署に失踪届を提出。14日の朝になって五合目駐車場で水上君の車が確認されたことを受け、静岡県警富士宮署山岳遭難救助隊による空と地上からの捜索が開始されたが手掛かりは得られなかった。TUWVOB会がこの情報に接したのは、遭難から8日経過した5月19日の夜だった。
 単独行動である上に目撃者の情報も見つからなかったことから、捜索に不可欠な彼の行動についていろいろな憶測を呼んだ。6月4日になって彼の最終行動軌跡がグーグルアプリ(timeline&myactivity)に残されていることが判明し、それが貴重な手掛かりとなって捜索エリアもある程度絞られた。
 しかし警察の捜索は5月20日に打ち切りとなり、その後の捜索は民間団体の手に委ねられた。各団体の捜索活動が精力的に行われる中、6月24日TUWVOB捜索隊によって、表大沢(赤沢)上流の崖下潅木帯で発見されるに至った。遭難から実に44日目のことであった。

 2.Googleアプリから判明した水上の行動概要


 google タイムライン
 google マイアクティビティーに記録されていた水上ログ
 最終となったGPSポイント (上記最終位置の拡大)
 五合目駐車場で前夜車中泊し、6時に登山口@を出発している。夏道を登り七合目付近からは雪渓を拾って登っていたと思われる。恐らく八合目からは強風に悩まされたに違いない。山頂直下D到着は14時30分。 山頂滞在はおよそ15分間 (14:50〜15:03) この項は2017.07.10追記
 下山は往路を戻っているが、九合五勺上部3600m付近Eから軌跡は西に外れて行く。
 標高3000m付近Fまで下ってルートを失ったことに焦燥し、スマホで「富士山スカイライン」を音声検索しているが、既に時刻は17:00だった。その後一時間ほどの軌跡(足跡)を残して消息を絶っている。

▲ 水上の行動軌跡は、スマホのGPS機能で判明した地点を単純に破線で結んだものであり、
実際の移動ルートを表したものではありません。(地理院地形図)

 3.当日の天候及び登山道の状況

 【 気象庁 富士山頂 】   最高気温 -2.5℃  最低気温 -7.7℃  平均湿度  97%
 【 当日の登山者情報 】  天気は晴れ、10時頃からガス
                  標高3000mで風速25m
                  (八合目から上は立っていられない程の突風で、撤退したと報告している)
 【 警察の積雪情報 】   七合目くらいまでは、残雪がなかった

▲ 5/11 の実況天気図 (気象庁)
 
▲ 気象衛星ひまわり 可視画像 (気象庁) ▲ 富士市の気象データ (気象庁)

 4.他団体による捜索の概要

 4-1 静岡県警富士宮署山岳遭難救助隊 (上空からヘリで撮影及び地上捜索)

 5/14〜5/17 富士宮登山道の東側、頂上からお中道(富士宮口、御殿場口宝永火口)。

お中道下は須山まで放射状に捜索。

 5/19 音声検索地点Fからお中道まで、お中道から表大沢までの一部樹林帯を横断捜索。
       及びスカイラインまで放射状の捜索。
 5/20 お中道から二合目林道へ、箱荒沢第一第二に沿って並列に捜索。
 4-2 富士宮山岳会 (富士宮署に対する家族の再捜索要請により、富士宮署から遭難対策協議会に情報伝達され、富士宮山岳会の協力を仰ぐことになった)
 6/07 音声検索地点Fから南東に下り、表大沢上部のお中道迄の捜索。
 6/10 最終GPS地点Gより南東方向に下りながら捜索。
      表大沢中央部でお中道を横切り、五合目登山口@まで直線的に捜索。

4-3 高橋グループ (水上の元会社山の会)

 6/10 二合目林道から2500m付近まで、青沢流域を遡上して捜索。
 6/24 高橋会長がTUWV捜索隊に合流参加。

 5.TUWVOBによる捜索の概要

 5/22 三日月(8期)が、五合目から六合目付近を捜索。
 5/28 予備調査  8期 5名(前田、相原、小笠原、三日月、根岸)
 5月末に水上が山行を企画し召集していたメンバー全員が参加した。富士山南面の知識が殆んどない状況の中、予備調査を目的に山に入った。五合目からお中道中心に表大沢出合まで偵察兼捜索。ガスのため早々に撤収した。
▲ 5/28 予備調査隊の行動軌跡 (地理院地形図)
   09:05 富士宮口五合目スタート
   09:30 新六合目(雲海荘)
   10:10 お中道入口
   11:00 表大沢出合付近の捜索
   12:25 五合目登山口着
 【 結果考察 】
  ・ 気温の上昇と共に上昇気流・ガス発生、早朝活動が必須。
  ・ お中道を辿ればトレースは追えるが、上から下がってきたらお中道を100%見落とす。
  ・ 見通しの良い場所では、遠くまで視認できるが、山肌には沢に沿って大小の凹凸が多数
     あり、灌木帯は主に岳樺で水上の着衣色を想定すると、至近距離での捜索が不可欠。
  ・ 岩陵帯はなんとか歩けるが、傾斜のある砂礫帯では足元が悪く登りはきつい。
  ・ 雪解け後の浮き石が多く、特に砂礫帯では落石の危険性が非常に高い。
  ・ 捜索活動のベースとして、三日月が下見して選んだ高鉢駐車場は好位置。
 6/10 第1回捜索  佐藤、前田(8期) 石野、伊藤(9期) 小原(4期) 計5名

 山域のスケールを考えるとき、今回の捜索活動は長期化するだろうと覚悟を決めていた。先ずは富士山南面の状況把握と、捜索隊の安全を確保するべくお中道(廃道)にマーキングすることを主目的にした。また本格的な捜索の前に、最終GPS地点Gからお中道までのエリアを潰しておくことも念頭に置いて行動した。

 お中道を歩きながら上下を視認出来る範囲で捜索。青沢上流部は左岸沿いに大きくえぐれており、50m下ってトラバースした。最終到達地点から青沢右岸部まで、お中道上約100mの範囲を4名で分散して捜索。青沢を渡り左岸の灌木帯上部まで、灌木の下や岩陰等を捜索した。
 小原にはバックアップをお願いし、彼は別動隊として単独でお中道付近を望遠鏡で捜索。
▲ 6/10 捜索隊と別動隊の行動軌跡 (地理院地形図)
   07:00 富士宮口五合目スタート
   07:50 六合目お中道分岐
   09:15 表大沢出合のお中道標石(右岸)
   10:00 潅木帯通過
   10:10 青沢出合
   11:00 水上最終GPS地点G下の岩稜上(殆んど斜面)
   14:30 お中道上部一帯の捜索を終了して撤収
   15:05 表大沢出合通過
   15:50 五合目登山口着
 【 結果考察 】
 ・お中道ルートは廃道のため立入禁止であり、沢筋以外でも薄い踏み跡程度でわかりづらい。
 ・沢筋は砂礫層のため、踏み跡は殆ど残らない。
 ・今後の捜索を考え、白ペンキで丸印、赤布をつけながらトレース。
 ・実際に岩稜帯や灌木帯を手分けして探した結果、お中道より上部にいる可能性はかなり
  低いのではないかという印象。
 ・今後の捜索エリアは、お中道より下部に移行する。
 ・青沢の左岸と表大沢の間や、入り込む可能性が高いと思われる表大沢の捜索を優先する。
 ・樹林帯にいる可能性も捨てきれない。
 6/24 第2回捜索  佐藤、前田(8期) 石野、伊藤(9期) 小原(4期)
              本間(佐藤のクライミング仲間)、高橋(会社の山の会代表) 計7名

 今回が実質的に最初の本格捜索と位置付けた。今までの捜索で得られた情報と相原のデータ解析及び水上の実力評価に基づいて捜索エリアを検討した。お中道上部にいないとすれば、最終GPS地点Gから南東方向の可能性に着目し、相原は表大沢を最初に捜索すべきだと考えていた。

 富士山南面では危険度の高い表大沢の右岸崖下に敢えてターゲットを絞ったのは、「水上は危険度の高い、捜索しにくい場所にいる筈」との佐藤の判断があった。かくして最も発見の確率が高いと確信した、表大沢のお中道から高鉢駐車場付近(標高1800m)までの捜索に踏み切る。

 表大沢の危険エリア(右岸の崖帯、下流の滝周辺)の捜索を強行するにあたって、リーダー佐藤のクライミング仲間である本間にも応援を要請し、危険箇所での確保及び何処からでも安全に下降できる体制と装備を整えた。

 ガスで視界がなくなっても無事に戻れるように、前回の捜索時にお中道にマーキングをしていたので、表大沢右岸までは問題なかった。
▲ 6/24 捜索隊と別動隊の行動軌跡 (地理院地形図)
   07:25 富士宮口五合目スタート
   09:15 六合目経由、表大沢右岸のお中道標石
   09:25 3名(前田、本間、高橋)が表大沢に懸垂下降し、右岸の崖下と崖上に分かれて捜索
   10:00〜10:15 崖下隊が水上発見の合図
             崖上隊も発見場所直上から懸垂下降して合流
             富士宮署に通報して、山岳遭難救助隊を待つ (本間がお中道まで登り待機)
   14:55 救助隊8名が順次到着して現場検証 (免許証で暫定的に本人確認)
   16:30 救助隊を残して現場を離れる
        (沢筋は砂礫層で登りにくいので、崖下の樹林帯を登った)
   17:15 飛来したヘリの救助活動を、お中道(表大沢左岸)から見守る
   18:05 五合目登山口に到着 (待機していたご家族に状況報告)
   19:00 前田、本間両名が、事情聴取を受けるため富士宮署に向かう
▲ 捜索中の腕章作成 (監督官庁の指導)
▲ 五合目で忙しく出発準備 ▲ 天気に恵まれて、山頂を仰ぐ
▲ お中道を行き ▲ いよいよ捜索開始
▲ 標石から、吸い込まれそうな表大沢を覗く ▲ 先ず岩稜帯を分散して捜索
▲ 崖下隊、懸垂下降開始 ▲ 懸垂下降する前田
▲ 発見現場詳細 (地理院地形図) ▲ 対岸から見た表大沢右岸 (googlemap)
▲ 幅広い表大沢 ▲ 左岸の崖上でカメラを構える小原
▲ 目視捜索中 ▲ 遭難者発見現場
▲ 発見の知らせに、崖上隊も懸垂下降準備 ▲ 表大沢右岸の岳樺帯
▲ 水上の傍に咲いていたツルキンバイ ▲ シロバナヘビイチゴの群落も
▲ 転落場所と思われる岩場 (約15m) ▲ 警察の到着を待つ
▲ 強力な助っ人、本間と高橋 ▲ 捜索活動全般を担った石野
▲ 警察を残し、一足先にお中道まで撤収 ▲ ガスが出て、ヘリ救助に一抹の不安が
▲ ようやくヘリが来た ▲ 救助作業中
▲ 長い一日を終えて、お中道を戻る ▲ 五合目登山口にて
 【 捜索及び遭難者発見の経緯】
 表大沢右岸を6名が約10m間隔で、お中道から樹林帯に向かって灌木、ザレ場を下りながら捜索を開始した。標高2540m地点で3名が懸垂下降し、崖下と崖上の二隊で声をかけ合いながら捜索。崖下の捜索を開始して30分ほどで崖下隊から何かを発見の声が有り、崖上隊も現場に懸垂下降して合流した。10:15水上らしき遭難者を確認。
 北緯35度20分26.60秒、東経138度43分30.17秒(標高約2465m)。現場は岳樺の樹林帯で、背後には約15mの高さの崖が連なっている。遭難者は5本に株立ちした岳樺の根元に横たわっており、動き回った形跡はなかった。殺伐とした富士山南面にも拘わらず、小さな可憐な花が水上の傍らに咲いていて、小鳥の明るいさえずりも聞こえてくる場所だった。
 午後になってガスが沢を登っていたのでヘリは無理かと思われたが、ガスの晴れ間を狙ってヘリによる収容が実現した。お中道に登り返していた捜索隊はヘリで遠ざかる水上を見送り、広い沢を改めて見下ろすと美しくも不気味な赤ザレた大斜面が樹林帯に落ち込んでいた。
上流から見た表大沢と捜索隊のログイメージ (googlemap)
 【 結果考察 】

・最終GPS地点Gからスカイラインをめざす線上に正確に乗っていたと思われるが、表大沢の渡渉点を探している時に誤って崖から転落した(あるいは崖に気付かずに転落した)可能性が高いと推測される。

・お中道にかなり近い地点であり、五合目やスカイラインまでもう少しだったことが悔やまれる。
・捜索時に表大沢左岸には小原がいて、我々の動きをフォローしていただいたのは心強かった。
・GPS機器は、捜索時には非常に効果的なツールだった。
・富士山特有の乱気流のため、ヘリの飛行も制約がある模様。
・表大沢は沢幅が広く、中央ザレ場から20mほど入った樹林帯に水上はいたので、安直に沢筋を歩いていたとしたら、見つけるのは難しかったと思われる。
・今もって最大の疑問は、山頂から正しいルートに乗って下山しながら、150m下ったところで何があったのか、なぜ西に向かってしまったのだろうか。

 水上のふるさと 静岡県側から見る富士山 (googlemap)
 KASHMIR3D によるマッピング画像 (KASHMIR3D
▲ 水上の軌跡と捜索ライン (地理院地形図)
水上のカメラが回収されて判明した撮影ポイントを追加して、軌跡ログを修正変更した (2017.07.10)
 水上俊彦君 富士山剣ヶ峯にて 2015.06.03
 回収された遺品のカメラに残された画像 (時刻はカメラ内臓時計による)
 前日夕方 16:17  9:12 七合目付近
 11:14 八合目池田館  11:56 湧き上がる雲、風強く
 12:25 九合目辺りから山頂方向か  14:52 山頂で愛用のウッドシャフト
 15:03 日本最高峰 富士山剣ヶ峯
 15:15 富士山頂 浅間大社奥宮鳥居 (水上カメラ最後の写真)
 【 あとがき 】
 ・水上俊彦君のご冥福をお祈りいたします。
 ・関係者各位のご協力に感謝し、厚くお礼を申し上げます。(文中では敬称を省略した)
 ・TUWVOB捜索メンバー  【 現地捜索チーム 】 佐藤、前田(8期) 石野、伊藤(9期)
                  【 現地捜索支援 】 小原(4期)
                  【 渉外(ご家族、警察を含む他団体との調整)】 石野(9期)
                  【 データ解析 】 相原(8期)
(追記) 7月7日(金) 横浜市東戸塚総合斎場に於いて、水上君の葬儀がしめやかに執り行われ、
TUWVOB会からも大勢の会員が参列して、かけがえのない友の不慮の死を悼みました。
       
pdf版は コチラ です