8、9期合同山行 第18回 飯盛山、入笠山 
( 水上追悼登山 )
  8期(昭和44年卒) 根岸 巌

 最初の計画では8,9期の合同山行は月山に行く予定であったが、8期の水上俊彦さんが、5月に富士山で帰らぬ人となってしまったため、彼が皆で行こうと計画していた飯盛山と入笠山に変更し、一緒に登っているという思いを持って山行を実施した。

2017年9月3日(日)、9月4日(月)

      ( 参加者 15人)
      8期 : 相原夫妻、前田夫妻、三日月、宮下(旧姓中里)、根岸  (7人)
      9期 : 伊藤健一/千代子、富川夫妻、桃谷、原田、石野、藤中  (8人)

 9月3日 平沢峠飯盛山登山口に集合。宮下さん、藤中さんは遥々、宮城県より駆けつけてくれた。天気は晴れで暑く、日陰を歩くとほっとする。山頂へ続く道は平坦で風もあり、気持ちの良い行程であった。山頂では少し雲があったが、涼しい風に吹かれながらのんびりと周りの景色を楽しめた、きっと水上が気遣ってくれたのだと思う。

平沢峠に集合
飯盛山山頂にて おいしい学校


 山を下りて、今日の宿、美味しい学校に向かう、周りは懐かしい田園風景であった。美味しい学校は明治、大正、昭和の建物が併設された旧津金小学校の昭和校舎を改築した施設である。部屋は教室を仕切った間取りで広々としている。廊下からの眺めは、昔、学校から眺めた景色と同じである。夕食は食堂で食べた。

 夕食後、一部屋に集まり、それぞれが持ち寄った水上に関わる資料や写真を回覧し、パソコンで表示して水上を偲んだ。 【参考】 水上さんの思い出.pdf (9期伊藤)

 ■ 理系の多い部員の中で、暇な経済と云われても、決して怒らず、いつもにこにこしていて、ちゃんと勉強していると言っていた。
 ■ 1年の中で、山の中で過ごした日数の多さを自慢していた。
 ■ 写真撮影ではいつも真ん中に居る。

 その後、警察や地元の山岳会による捜索で見つからなかった後の5月28日に、8期5名がお中道を捜索した説明があった。お中道は殆ど道跡もなく、滑りやすく危ない道であるが、周りは富士山の斜面が広がる雄大な光景である。行けるところまで行き、最後に「水上!」と呼びかけたところ、反射する山もないのにすぐに木霊が返ってきた、みんなは水上が返したと信じている。

 それから、水上の気持ちについて話をした。遺留品のカメラにあった山頂の話になり、登頂してやり遂げたという充実感に満ちた表情に、悔いのない満足した人生を送り、水上は旅立ったのだと、これが皆の思いであった。  

 奥様からの手紙にも、好きな登山をして、多くの友人に送っていただき、人生に満足していることでしょうと書いてあった。

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 9月4日は入笠山へ。ゴンドラの山麓駅まで車、そこからゴンドラに乗って山頂駅へ。ゴンドラの下はマウンテンバイクのコースになっている。そこから入笠湿原経由で山頂を目指した。湿原にはレンゲショウマ、リンドウ、マツムシソウ、ワレモコウ、桔梗などが咲いていて綺麗だった。

 50分の苦しい登りの後の山頂は360度のパノラマで、疲れも飛んだ。下山後は、ゆーとろん水神の湯で疲れを取ってから解散した。良い山行だったと水上も言っていると思う。

入笠山出発前に、おいしい学校エントランスで (敬称略 撮影前田)
後列左から 根岸、桃谷、伊藤夫妻、宮下
前列 石野、三日月、藤中、富川夫妻、原田、前田奥
レンゲショウマ エゾリンドウ咲き乱れる湿原
マツムシソウ 入笠山山頂にて
平成29年OB会報NO48より抜粋