Zoom OB会と妙義山神社
3期(昭和39年卒) 後藤 龍男

 今年で81歳になりました。この2年、コロナに明け暮れてどこへも出掛けられません。行動半径わずか5キロ。ほとんどそれより外へ出たことがない。電車バスにも滅多に乗らない。そういう日々が続いています。

 そうこうしていたら、先日道行寮の後輩の村野君から、メールでZoom道行寮OB会をやろうとお誘いを受けました。道行寮は大学生活の4年間を過ごした懐かしい寮です。北仙台の駅チカにあった精神病院の院長さんが首つり自殺して、空いていた建物を借り受けて仏教青年会の学生寮にしていました。仏教青年会は当時文学部インド哲学科の先生達が中心になって運営していた集まりですが、その先生達が戦後間もない食うや食わずの昭和30年代初めに、我々貧乏学生を思いやって作ってくれた学生寮です。寮費は賄い付きで月たったの3,000円でした。寮生は1年生から4年生まで合わせて30人。ワンゲル部員も何人かいました。僕と同期の3期の遠山君、4期の緑川君、5期の築地君などです。インド哲学科の先生達の思いに背いて勉強もせず、ここからせっせと山に通いました。

 元々は霊屋下の瑞鳳寺の中にあって、瑞鳳寮と称していました。寮生は朝起きると本堂の拭き掃除をし、木魚を叩いて読経してから食事して学校に行く習慣でした。お陰で今でも般若心経は半分ぐらい諳んじています。ところが小生が大学一年の春に、寺の坊主と喧嘩して追い出され、夜逃げして北仙台の元精神科病院に移り、道行寮と名を改めました。まだ三月の寒空の中、オート三輪を借りてせんべい布団など荷物を満載し、みんなと一緒に引っ越したのを憶えています。精神科病院をそのまま居抜きで借りた建物だったので、部屋の窓に鉄格子がはまっていたのを憶えています。最初は驚きましたが、すぐに慣れました。3年の夏休みに、一番町の七夕見物にやってきた高校時代の同級生を泊めたら、窓の鉄格子を見てこんなところに住んでいるのかとびっくりされました。

 話を元に戻してZoom OB会です。僕のパソコンは自作のデスクトップで、Webカメラも付いていないし、Zoomもインストールしていない。そもそもリモート会議なんかやったことがない。それを村野君に言ったら、スマホでも出来ますよと言う。スマホでテストしてみましょうと言う。村野君は工学部出身で元ソニー社員です。さっそくPlay StoreからZoomをダウンロードしてテストしたら、うまく行きました。しかしスマホはいかんせん画面が小さい。これではせっかく集まったみんなの顔が見えない。と言うことで、amazonで手頃なWebカメラを探したら、ロジクールの3,300円というのが見つかりました。早速注文して自作パソコンに取り付け、Zoomもインストールし、準備万端整えて当日に臨みました。

 当日本番は何と13人も集まりました。いずれも小生と同じ、80歳前後のジジイ達です。僕より若いジジイの一人である築地君も秋田から参加しました。デスクトップの23インチモニタだと、画面に映ったみんなの顔や表情がよく分かって、昔を思い出しました。話も弾んでなかなかの雰囲気のOB会になりました。有名なZoomは中国企業運営のオンラインツールですが、コロナ禍の折、オンライン授業や企業のリモート会議など、あちこちで重宝されています。さぞかし株価が上がったことでしょう。会議などで本格的に使うとけっこうな使用料を取られるそうですが、40分以内だと無料だそうです。それを幹事の村野君が2枠確保してくれました。計1時間20分のリモートOB会になりました。1枠目と2枠目の間隔は20分。格好のトイレ休憩になりました。うまく行ったので、これなら今後年に2回はやろうねと衆議一決、お開きになりました。

 TUWVの新橋亭OB会も、コロナ禍や高齢化でなかなか開催が難しくなったと、幹事の佐藤拓哉君が嘆いていますが、Zoom新橋亭OB会という手もありそうですね。道行寮のデジタルオンチのジジイ達に出来る事が、TUWVのジジイ達に出来ないわけがありません。

 先週、久し振りに友人とドライブがてら四万温泉に行きました。泊まった宿はやまぐち館。元首相、福田康夫の従姉妹が女将をやっている温泉旅館です。源泉かけ流しの泉質がなかなかいいので、定宿にしていて時々出掛けます。昨年同時期にGoToキャンペーンで行った折は、ガラガラに空いていましたが、今回はコロナが下火になったゆえかそこそこ混んでいて、チェックインを待たされました。コロナもそろそろ終わりそうな感じで、期待が持てます。

 翌日天気がいいので、帰途中之条から山を越えて妙義山神社に立ち寄りました。ちょうど紅葉の終わり頃でしたが、ここにも観光客がたくさん来ていました。妙義山神社は入り口の大鳥居から山腹の本殿まで、156段の急勾配の石段が一直線に伸びています。石がすり減った幅狭い石段で、途中に踊り場も、掴まる手すりも一切ありません。急勾配を登っていく途中で足がよろけてバランスを崩しそうになり、本殿に着いたときはヘロヘロになりました。歳は取りたくないものです。

 妙義山神社から峠を越えて254号線の下仁田に下りましたが、狭い山道のワインディングロードを久し振りに車でかっ飛ばしたら痛快でした。

妙義山神社の登り口にて 駐車場から仰いだ妙義山
令和3年OB会報NO52より抜粋