あるクライマーの滑落死亡事故
8期 (昭和44年卒) 佐藤 拓哉
 「24日午前11時50分ごろ、北アルプスの難所、北穂大キレットの長谷川ピーク付近で50代から60代くらいとみられる女性が約200m滑落し死亡しました。
・・・ 警察によりますと、女性は1人で登山に来ていたとみられ、前を進んでいた別の登山グループが後方でガラガラという音に気づき振り向くと、女性が落ちていくのが見えたということです ・・・」 これは9月25日にネットで流れたニュースである。

 私が今年力を入れて育てていた東京の山岳会所属の女性クライマーであったとは。
信じられない出来事であった。

 滑落の少し前には、山仲間にその日の朝に登った槍ヶ岳頂上での写真とともに、「あと20分で長谷川ピークに着く」というメッセージが送られていた。23日に上高地から入り、24日朝に槍ヶ岳頂上に登ってから大キレット経由で北穂高岳に向かったものと思われる。

 今年の夏頃から、「体力をつけるため時々縦走をしなければ・・・」と言っており、夏には前劔経由で劔岳を往復し、今回は槍ヶ岳を目指していた。私が今年の目標の一つにしていた滝谷ドームにも興味を持っており、この機会に見ておきたいと北穂高岳をコースに加えたのかもしれない。また、10月に谷川岳幽ノ沢の計画を知らせたが、行動時間が14時間と非常に長いのを見て、体力的に不安があると言っていた。これも槍ヶ岳−穂高岳縦走をする動機になったかもしれない。
 今回の山行については、一般的には、大キレットは日本を代表する難ルートであり、55歳の女性が単独で登るのは無謀であるという批判もあるかもしれない。しかし、難ルートと言っても一般ルートであり、シーズン中は一日に多くのパーティが通過しているのも事実である。常識的に考え、クライマーにとって、「難ルート」と言われている岩稜を通過するのは、技術的には無理な計画と言えない。

 では何が原因なのか? 想像すらできない。敢えて想像すると、浮石を掴むか、浮石に乗ってバランスを崩したか? 現場は痩せ尾根であり、ペンキの目印も多く、ルートは間違えようがない。多くの人が通過しており、浮石は考えにくい。しかも、危険な箇所には鎖が設置されている。あるいは、スマホで写真を撮り、バランスを崩したか? 痩せた岩稜に立ってスマホで写真を撮るのはバランスを崩しやすい。事実、私も昔、相沢大氷柱で氷瀑の下の広場の端に立って懸垂下降してくる相棒の写真を撮っていてバランスを崩し、雪の急斜面を10m位滑落した経験がある。
 今回の滑落事故は、「日本最難関のルートを55歳の女性が単独で」という批判めいた論調もあるが、私は無謀な山行であったとは思わない。ちょっとした気の緩みが生んだ悲劇であると信じている。
 だからこそ悔しく、腹立たしい。

 長谷川ピーク(画面中央)
令和5年OB会報NO54より抜粋